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教会を開拓

背景:教会は世界中にある、イエスを主として信仰する人々の集団です。世界的な教会の中に、多くの地域教会があります。MUSTARD SEEDクリスチャン教会はそんな地域教会のひとつです。

話し合いましょう

  • あなたの人生で、これまでどんな教会に属してきましたか?

  • その教会がどうやって、いつはじまったのか知っていますか?その話をシェアしてください。グーグルを使って調べてもらっても大丈夫です。

  • だれがあなたをキリストにみちびきましたか?その人はどの教会に属していましたか?

  • その人をキリストにみちびいたのはだれか知っていますか?その人はどの教会に属していましたか?

私たちは教会を通して祝福されている

この話し合いで私たちは教会を通して祝福されていることを思い出すことができます。神の教会の一員が福音をあなたにもたらしたのです。教会は聖霊の力によっておよそ2000年ものあいだ、福音のメッセージを保ってきました。

神はご自身の教会を愛されている

聖書の中で、教会はキリストの花嫁、キリストのからだ、神の羊の群れ、祭司の御国、聖徒たち、聖なる国、聖霊の神殿、世の光、選ばれた者たち、真理の柱と基盤、神の子たちなどと呼ばれています。神は教会を通して働かれ(エペソ3:10)、エペソ3:21-22で以下の通り書かれているように教会の中で栄光をささげられることを望まれています。

どうか、私たちのうちに働く力によって、私たちの願うところ、思うところのすべてを越えて豊かに施すことのできる方に、教会により、またキリスト・イエスにより、栄光が、世々にわたって、とこしえまでありますように。アーメン。(エペソ3:21-22)

使徒の働き20:28で、パウロはエペソにある教会の長老たちに以下の指示を与えています。

あなたがたは自分自身と群れの全体とに気を配りなさい。聖霊は、神がご自身の血をもって買い取られた神の教会を牧させるために、あなたがたを群れの監督にお立てになったのです。

神にとって教会はとても価値のある存在だったので、存在する中でもっとも価値のあるもの、つまりイエス・キリストの血をもって神は教会の救いを買い取ってくださいました。

教会には使命がある

福音を分かち合い、弟子をつくり、そしてよりたくさんの教会を開拓していた初期の教会の例をひとつ見ていきましょう。使徒の働き7章で、ステパノはクリスチャンで最初の殉教者となりました。使徒の働き8:1-4を読んでそのあとになにが起こるかを見てみましょう。

[1](...)その日、エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者はみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。[2]敬虔な人たちはステパノを葬り、彼のために非常に悲しんだ。[3]サウロは教会を荒らし、家々にはいって、男も女も引きずり出し、次々に牢に入れた。[4]他方、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。(使徒の働き8:1b-4)

Q: エルサレムに残ったのはどの人たちだったでしょうか?

Q: 一方でほかの地方に散らされたのはどういったクリスチャンの人たちだったでしょうか?

Q: 散らされた人たちは、散らされたあとになにをしたでしょうか?

使徒の働き11:19-26を読んで、散らされたクリスチャンたちのその後の話を追っていきましょう。

[19]さて、ステパノのことから起こった迫害によって散らされた人々は、フェニキヤ、キプロス、アンテオケまでも進んで行ったが、ユダヤ人以外の者にはだれにも、みことばを語らなかった。[20]ところが、その中にキプロス人とクレネ人が幾人かいて、アンテオケに来てからはギリシヤ人にも語りかけ、主イエスのことを宣べ伝えた。[21]そして、主の御手が彼らとともにあったので、大ぜいの人が信じて主に立ち返った。[22]この知らせが、エルサレムにある教会に聞こえたので、彼らはバルナバをアンテオケに派遣した。[23]彼はそこに到着したとき、神の恵みを見て喜び、みなが心を堅く保って、常に主にとどまっているようにと励ました。[24]彼はりっぱな人物で、聖霊と信仰に満ちている人であった。こうして、大ぜいの人が主に導かれた。[25]バルナバはサウロを捜しにタルソへ行き、[26]彼に会って、アンテオケに連れて来た。そして、まる一年の間、彼らは教会に集まり、大ぜいの人たちを教えた。弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。

福音を宣べ伝えることを通して、こういった「普通のクリスチャン」の人たちはアンテオケで弟子をつくっていきました。それからバルナバとサウロがアンテオケに来て、教えを通して新しい信仰者たちの信仰を強めました。このアンテオケでの新しい教会開拓の時点ではじめて、「クリスチャン」という名前が使われます。大きな街ではじまった教会開拓が歴史に名を刻まれなかった一般のクリスチャンによってそう呼ばれるようになったことは衝撃的なことです!しかしアンテオケの教会開拓の衝撃はそれ以上に大きなものとなります。使徒の働き13:1-3を読みましょう。

[1]さて、アンテオケには、そこにある教会に、バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、クレネ人ルキオ、国主ヘロデの乳兄弟マナエン、サウロなどという預言者や教師がいた。[2]彼らが主を礼拝し、断食をしていると、聖霊が、「バルナバとサウロをわたしのために聖別して、わたしが召した任務につかせなさい。」と言われた。[3]そこで彼らは、断食と祈りをして、ふたりの上に手を置いてから、送り出した。

アンテオケの弟子たちの集団が、地中海地方全域に教会を開拓するために使徒パウロを送ったのです(使徒13-20章)!一回目の宣教旅行のあと、パウロは使徒の働き14:26-27に記録されているように自分の働きについて報告をするためにアンテオケに戻りました。

[26](…)そこは、彼らがいま成し遂げた働きのために、以前神の恵みにゆだねられて送り出された所であった。[27]そこに着くと、教会の人々を集め、神が彼らとともにいて行なわれたすべてのことと、異邦人に信仰の門を開いてくださったこととを報告した。

気づきましたか?アンテオケの信仰者たちの集団は27節でなんと呼ばれていたでしょうか?教会です。クリスチャンはおよそ2000年間、福音を宣べ伝え、弟子をつくり、教会として集まってきました。日本の都市部で私たちがこの使命を継続していくことができるように祈りましょう。

話し合いましょう

  • あなたがいま福音を分かち合いたい人はだれですか?ひとり挙げましょう。

  • あなたが地域教会に奉仕できることはなんですか?ひとつ挙げましょう。

祈りましょう

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