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マタイの福音書 5:17-20

ローマ人への手紙7:15、18-19を読みましょう。

あなたには使徒パウロが書いた神の法律にしたがって生きる経験について、共通点はありますか?

神の律法を守れない私たちの限界に直面するとき、私たちは神の律法を緩めて自分たちの従いやすいようなものにしてしまう誘惑に駆られることがあります。これが、イエスの時代に宗教指導者たちがしていたことです。

マタイの福音書5:17-20を読みましょう。

イエスは神の律法の心と真の成就とは、神を愛し、人々を愛することだと教えました。パリサイ人版の律法は、律法を外的な規制にのみ制限していたので、守りやすいものでした。イエスの命令は私たちの心をふくむところまで律法を押し広げて考えるものだったので、より難しいものでした。

マタイの福音書5章でイエスが取り扱った六つの例を見てみましょう。あなたが神の律法をどのように緩める傾向にあるかの例を挙げてください。心のレベルで神の律法があなたに要求することは何でしょうか?

謎めいたことに思えますが、私たちへの神さまの情熱は完璧に神の律法を守ることですが、神は私たちが自分自身の力ではまったくそうすることができないということをご存知です。神の律法を守ることができないことは、私たちをキリストへと駆り立てます。福音とは、イエスが神の律法を私たちのために成就され、私たちがキリストを信じるときに彼の完璧な服従が私たちに適応されるというものです。

律法に対する肉的な反応。私たちが福音に焦点を当たっていないとき、私たちは神の律法や私たちが服従できないことに対して以下のような反応をする傾向にあります。
  • 神の律法をゆるめて、守られるようなものにする
  • 他人を裁いて、自分の服従の欠如についてはマシだ考える
  • 自分が従うことのできる律法にプライドをもつ
  • 落ち込んだり、絶望的になったり、怒ったりすることを選ぶ
律法に対する福音中心の反応。キリストと福音を信頼するとき、私たちは神の律法や私たちが服従できないことに対して以下のような反応をする傾向にあります。
  • 謙虚に神の恵みとあわれみを求める
  • 私たちのためのイエスの完璧な従順に信頼を置く
  • 義への飢えと渇き
  • 私たちの内にいる聖霊の働きによって内から外へと向かう自己変容を求める。
(興味深いことに、これらの福音中心の反応は上記のマタイの福音書5:3-12にある特徴に似ています)

上記の肉的な反応のうち、どれがあなたがする傾向にあるものですか?

上記の福音中心的な反応のうち、どれが生活の中であなたがもっと見ていく必要のあることですか?解決策はイエスの福音にさらなる信頼を置くことです!

不服従の問題は私たちの心の中に存在するので、神さまは私たちの心を変えてくださることを約束してくださいました(エゼキエル書36:25-27)。いまでは神さまは私たちを聖霊の聖化の働きを通して変えてくださります。そして私たちはいつか天国で自己変容が完全となるという良き望みを抱くことができるのです(ピリピ人への手紙1:6)

罪と誘惑のない人生というものを想像することができますか?それはどういったものになるでしょうか?

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